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2026.02.23
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読み書き障害当事者の著作「14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで」を読んで

「14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで」(著・朝野幸一)を読んだ。

きっかけは、一般社団法人読み書き配慮の菊田史子さんが贈ってくれたからだった。現在、ステラ個別支援塾・千種校で第3期名古屋KIKUTAを開催している。私と菊田さんは、読み書き障害をなくす活動している同志でもある。

読み書き障害当事者が書いた本

この本の著者、朝野幸一さんは、読み書き障害当事者だ。そして、15歳とまだ若い。若い著者が、これまで学校に通ってきて感じてきたことを新鮮な状態で記録を残している。鮮度が高いがゆえに、ライブ感があり、大人たちが良かれと思って子どもにやっていることさえも、当事者から見たらNGなんだと気づかされる箇所が多々ある。

個人の工夫と合理的配慮で乗り越えられるのが読み書き障害

本書の後半部分は、合理的配慮、個人モデル・社会モデル(いわゆるICF)などについての著者の意見が述べられている。この部分の読み応えが半端ない。とても中学3年生が書いたものとは思えない仕上がり。この本を読んで、改めて思う。

読み書き障害については、個人の工夫(ICT機器等を使うなどして従来の読み書きに代わるすべを手に入れること)や社会の受け入れ(合理的配慮や周りの大人の理解)で解決が可能

なのだと。

「読み書きを諦めさせたくない」という善意が大人側にあるのはよく分かる。けど、そんな善意は、読み書き障害当事者にとっては邪魔者でしかない。当事者にとって、読み書きには多大な努力と時間が必要となり、体力も削られる。だったら、その努力を諦めて、考えることなどのもっと大切なことに時間を使った方が有意義ではないかと思う。その方が、子どもの自尊心は傷つかないし、この世の美しさを感じる機会も増えるだろうと思う。

合理的配慮に踏み込めない同世代へも言葉を投げかける。踏み込めない理由を5つ用意して、それらの理由を持つことへの理解を示しながらも、その理由を捨てて合理的配慮を受けることのメリットを説く。この本を読んだ当事者たちが、ここから得られる気づきは大きな財産になると思う。たくさんの人がこれを読み、勇気づけられて合理的配慮申請への一歩を踏み出すことを僕は望む。

読み書き障害当事者からの先生、保護者、児童生徒への言葉

そして、周りの人への理解を求める内容もある。

先生へは、先生の置かれた立場にも理解を示した上で、合理的配慮の意味や有用性を説く。そして、生徒にとっての最善を第一に考え、行動してほしいと求めている。

保護者へは、一番の味方であってほしいと願う。「なんで勉強ができないの、読み書きができないのか」と攻めないでほしいと。合理的配慮を求めるときも決めつけないで、子どものニーズを聞きながら進めてほしいと。子どもは言語化には時間がかかる。だが、だからと先走らず、そこにしっかり寄り添って、思いを紡ぐのは保護者にしかできないことだと思う。

そして、周りの児童生徒にも思いを説く。読み書き障害当事者がどのように友だちから接してほしいかを正面から伝えていた。

先生、保護者、児童生徒の三者への理解を求める著者の視野角の広さに、僕は脱帽した。

読み書き障害という言葉のないインクルーシブな社会の実現

最後に、著者から見た理想の未来についての言及があった。これを読み僕は思う。

世の中の仕組みを少し整えるだけで、読み書き障害については克服が可能

だということ。視力の悪い人にとっての眼鏡のように、ICT機器を読み書き障害の人が使うようになれば、インクルーシブな社会は進むと思うし、そんな未来はもうすぐ訪れるのではないかと思う。

最後に、ステラ個別支援塾では、26年4月から読み書き困難に特化した学習支援アプリ「もじソナ」を使った学習をサポートする新コースも始まる。微力ながら、こういう活動を通して、インクルーシブ社会の実現を支えていきたいと思う。

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